2010/02/01

iPadは果たして代替になり得るだろうか。

 さんざん待たされてついに発表されたiPad(なんか言いづらい)だが、私が気になっているのは二点、

・Newton MessagePadの後継ポジションをしめられるだろうか?
・フランクリン・プランナーの代替になり得るだろうか?

というところだ。

 とはいえ、実物を待つまでもなく両方とも答えが(少なくとも私にとって)Noであることはわかっている。そもそも、インターネットに接続していることが前提になっている時代に、NewtonのNotesを基本とするインターフェースが受け入れられると考える方がおかしいのだ。それはようくわかっているのだが。

 Newtonを日常利用しなくなってから十年経ち、私の思考能力、特に抽象的な思考能力についてはかなりレベルダウンしているという自覚がある。そしてそうなったときに改めて価値を実感しているのが、実はNewtonのインターフェースなのだった。
 ある程度頭の中で考えをまとめられるときは、アプリケーションを立ち上げてそれを使って作業する、ということがスムースにできる。ところが考えをまとめるところからメソッドを使って始めなければならなくなると、その時に一番使いやすいのは実は紙とかホワイトボードだったりする。その時その時で、自分が一番使い勝手がいいフレームワークを利用するのに、一番制約がないのが白紙の紙だからだ。これをコンピュータでやろうとすると、なかなかうまくいかない。でも、それに近いことができたのがNewtonのNotesだった。

 この数年は、もうそれをコンピュータ上でやるのは諦めて、フランクリン・プランナーと数種の万年筆の使い分けで凌いでいる。でもそれだと、検索がしたいとかコピー&ペーストがしたいとかいうときにやっぱりストレスを感じてしまうのだ。

 インターネットに繋がって、Webサービスを色々使えるのは便利なことだと思う。日々HT-03Aを活用しているが(なんでiPhoneじゃないかというと、自宅がSoftbankの圏外だからだ。仮にも23区なんだけど)、この手のひらの小さなマシンでここまでのことができるのは本当に便利だ。
 でも、でも単純に、利用者の(作業じゃなく)思考を助けてくれるマシンがあってもいいのじゃないかと思う。きっとものすごく地味で、見た目がぱっとしないから、売れたりはしないんだろうけれど。

 とかいいながらも、やっぱりiPadはiPadで欲しいなあと思っていたりもするのだけれど。すぐにiMacの画面を触ってスクロールさせようとする娘には、きっと直感的なインターフェースなんだろうと思うし。
 しかし、それしかない、というのはやっぱりちょっと寂しいのだった。

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