2010/02/02

思考の形態(たぶんiPadとNewton MessagePadのその2)。

 20代だったころ、何かを考えるというのは何の苦もない作業だった。むしろ、次から次へとわき出てくるとりとめもない思考をどうまとめるかがキーで、そんなわけで常用していたツールはアウトラインプロセッサだった。とにかく出てくる思考をどんどんタイプしていき、後で落ち着いて全体の構造を作っていく、というのが当時の常套手段だった。スピードが載ってきたときの、脳と指先が直結しているような感覚は今でも覚えている。たぶん、もう二度と経験できないんだろう。
 その時のほとんど肉体感覚に近い経験によって、私が最も好きなアプリケーションは、今でもActaなのだ。(知らない人の方が圧倒的に多いと思うけれど)

 学校を出て最初に勤めた会社ではあまりものの考え方というものを教えてもらう機会はなく、あんまり学ぶ機会もなく、自己流でアウトラインプロセッサだけを頼りに自分の考えをまとめて、それで済ませていた。ワープロ専用機の予約表があるような時代だったので、自分の乏しい給料で買ったPowerBook 100を職場に持ち込み(時代がわかるね)、せっせせっせと使っていた。
 今にして思えば、脳に余力があって暇だったこのころ、もうちょっとちゃんと勉強しておけばなあ、と思う。しかしまあ、覆水盆に返らずというやつだ。
 ともかく、本当だったらちゃんとした基礎を身につけるべき時に、私はあまりそういうことをやっていなかった、というのだけは確かだ。

 その後転職して仕事や状況がどんどんタフになっていき、「考えて処理しなければならないこと」のボリュームは上昇の一途を辿っている。その一方、思考能力のほうは下降の一途だ。もちろん年を取るというのは必ずしも悪いことばかりではなくて、経験によって培われた能力(と思いたい)で対処できる、というかそれが求められることも多い。
 しかしそれでも、短い時間で最適解を導かなければならないときに、思考のフレームワークが身についていない、というのはやっぱり辛いのだった。

 そんなわけで遅まきながら細々と勉強を続けてはいるのだが、やはり机上の勉強では血肉にはならないわけで、実践で使い倒していかないとなかなか自分のものにはならない。そしてそれを実践しようとしたときに、ここからがようやく本論なのだが(!)、サポートしてくれるツールというのは実はあんまりないのである。

 もちろんアウトラインプロセッサやマインドマップツールなどの思考支援系のアプリケーションも世の中にはある。しかし物事を考え始めるとき、私は最初に思考のフレームワークを決めるのではなく、もやもやしたなかなから段々と「こういうフレームで考えるのがよさそうだ」と見つけ出していって、それからようやくそのフレームを適用するという手順を取ることが多い。そうすると、最初の段階で使える道具というのは、結局紙やホワイトボードになってしまうのだ。それらの柔軟性に勝てるアプリケーションソフトウェアというのはなかなかないのである。
 しかし一方で、アナログな手段で書かれたアウトプットは再利用が難しいという難点がある。昨今はホワイトボードに書いたものをデジタル化して取り込んだり、デジタルペンで最初から電子化してみたりと色々できるようにはなっているが、ここでいう「再利用」とは、一連の思考の流れの中での利用のことだ。つまり、最初にホワイトボードの隅っこに列挙したキーワードのメモを、フィッシュボーンの中に貼り付けたり、マインドマップの枝の一つからTodoに落とし込んだり、ということである。これをアナログでやろうとすると、同じことを何度も何度も書かなければならないし、場所はどんどんなくなるし、そしてようやく完成したアウトプットをプレゼンテーションで使うためには、一から清書しなければならないのだ。

 ここをサポートしてくれるツールはないのか、というのがずっと私のフラストレーションなのだった。そしてその答えに一番近いのが、実はNewton MessagePadのNotesなのだ。
 Notes上に手書きで書いていった文字はいつでもデジタル化(画像としてではなくて文字として)できる上、コピー&ペーストも可能になっている。しかもただの文字ではなく、Notes上に書いた文字(たとえば「Schedule a meeting with Joe」)はAssistによってDates上のスケジュールやTodoとして登録される。

 もちろん、その画面の狭さや、Assistやデータの連係範囲の狭さ、そして何より「Personal Digital Assistant」だったので共同作業がやりにくい点など、制限はとても大きい。しかしそれでも、最初に適用するフレームワークを決め、アプリケーションを選び、それから作業を始めるという通常の手順を取らなくていいのは恐ろしく思考の自由度を上げてくれるのだ。なんせ、とりあえずはNotesに何か書き始めればあとはなんとかなるのである。こんなことは、きっとiPadででもできないだろう。

 とはいうものの、そうした思考支援ツールに対するニーズは、iPhoneやiPadに対するニーズと比べたらとてつもなく小さく、おそらくマーケットとしては成立しないだろう。だから、企業の選択としてはNewtonを作るよりはiPadを作る方がずっと正しいのは間違いがない。

 だがそれでも、かつてAppleがNewtonを出したときにもっていた、全く新しいフロンティアを目指そうという志が、iPadからはあまり感じられないのが寂しいのだ。ネットブックやノートPCとスマートフォンの間を埋めるのなんかどうでもいいから、世界を変えようとするチャレンジを見せて欲しかった、と、Appleの戦略が正しいのは重々承知の上で、やっぱり思ってしまうのだった。

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